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DAY62 エチオピアを旅する①「エチオピアの首都アディスアベバ」

2019年7月14日、天気雨のち晴れ。

街を歩いているとその国ならではのモノに目がいきます。昨日とにかくまず気になったのがこちら!マンゴーのような、アボカドのような。表面のつぶつぶが印象的なこちらは「バラス」という名前の果物だそうです。アディスアベバではいたるところで見かけます。

気になったら食べる!ということで1ついただいてみると、これが美味しいんです。ビワのような感じでみずみずしい果肉で、中にはタネがたくさん入っていますがそのままいただきます。ジューシー&タネの食感が楽しいフルーツでした。俺がおごるよ!とデニムシャツの彼がごちそうしてくれたバラス。エチオピアの歓迎(かんげい)は本当に温かくてビックリします。

ということで今日はエチオピアの首都「アディスアベバ」を歩き回ります。アディスアベバはエチオピアの真ん中に位置しています。

エチオピアの首都 アディスアベバ

アディスアベバとはアムハラ語で「新しい花」を意味する。 2015年の人口は327.3万人。アフリカ有数の世界都市であり、2014年のアメリカのシンクタンクには世界都市80位の都市と評価された。アフリカ連合(旧アフリカ統一機構)やアフリカ経済委員会の本部が所在し、国際連合などから「アフリカの政治的な首都」と呼ばれている。【Wikipediaより】

ナショナルパレス前から見たアディスアベバの街並み

まず最初に言っておきます。アディスアベバはものすごく大きな街です。今から首都アディスアベバを紹介していきますが、私がみたのはほんの一部!昨日と今日を含めて4万歩以上歩いてみましたが、まぁ回り切れないです。アフリカの首都と呼ばれるにふさわしいスケールの大きい街、アディスアベバです。それにしても今日も朝方はザーザー降りの雨でした。寝てても聞こえてくる雨音に気分が落ちましたが、なんとか9時ごろには止んだのでよかった。少しずつですがアディスアベバの様子を紹介していきます。

ホーリー・トリニティー大聖堂

イタリアからのエチオピア解放を記念して造られたという大聖堂です。エチオピアで2番目に重要な教会ということで、じゃあ1番の方がスゴイのでは!?と思ったのですが、昨日インジェラを一緒に食べたおじさんが「ここに行け!」と教えてくれたので、おそらくこちらの方が立派な建築なんだと思います。それにしてもやはり私は何かを持っているようです。

今日は日曜日。街を歩いているとエチオピアの伝統衣装らしき白い布をまとっている方がたくさんいたので、あっ、日曜日だからキリスト教の礼拝の日だ!とそこまでは容易(ようい)に想像できたんです。が、あまりにも多い人の数になんだか違和感が。そしたら今日はお祝いの日だったらしく、教会に着くとにぎやかなゴスペル(賛美歌)が聞こえてきました。たくさんの人であふれかえる教会というのも非常ににぎやかでした。ちなみに、教会の中に入るためにはチケットが必要とのことでしたが、外だけを見るぶんには無料でよさそうでした。

アラキロ(Alat Kilo)の環状交差点

ということで今日は人でにぎわうアディスアベバの街。昨日は空港付近のエリアを歩いていたのであまり感じませんでしたが、やはりここは人口300万人を超える都市なんだということを実感しました。

それにしてもこのアディスアベバはゆるやかな坂の連続で歩いて回るのがかなり大変でした。街中にはタクシーが走ってるんですが、色は白と青!市内を走る乗り合いのミニバスも同じ色ということで、色づかいにもこだわりを感じる街づくりです。

メルカート市場

ということでアラキロの街から今度はメルカート(Mercado)という街までやってきました。ここには東アフリカで最大の市場があるということでやってきたのですが、まぁもう規模(きぼ)が大きすぎてこれまたよくわからないというのが感想です。ギニアの「西アフリカ最大の市場」と呼ばれるマルシェ・マディナと対をなす、東アフリカ最大の市場。西と東を制覇(せいは)したぞ〜!という満足気分で市場を散策です。ちなみに、何回も書きますが市場では自分の中の警戒(けいかい)レベルをしっかりと上げてください!楽しく安全に市場を観光するための約束です。

まず目に入るのはその広々としたメインロード!人もすごい数いるんですが、とっても開放感があります。

メインロードから分岐するように市場は広がっています。そしてこれがアディスアベバならではで、道が平坦(へいたん)ではなくて坂なんです。メインロードが丘の上に走っているので、一度下ると戻ってくるのが大変。しかもかなーり長い距離があります。

場所によってお店の商品の傾向が変わるのも面白いメルカートの市場。服関係、野菜、シューズ、食器、車関係といった感じで、それぞれがなんとなく固まってます。同じような商品をなんでとなり同士のお店でそれぞれ売ってるんだろうといつも不思議で仕方ないのですが、これがいいのかもしれません。仲良くやろうよ!ってことですかね。

そして海無し県ならぬ「海無し国」のエチオピア。今日回った限りでは魚を売るお店を見つけることはできませんでした。その代わりに、ファッションに力を入れているからか、ジーンズを売るお店が目立つのが面白かったです。それぞれの国、地域によって市場に特色が出るのが何度訪れても見ていて楽しいものです。

今日も十分人は多かったメルカートでしたが、平日はもっとたくさんの人でにぎわうとのことでした。さぁ、かなり歩いたので疲れました。なので帰りは電車です!

アディスアベバの街中には方面別に2本線路が通っています。10分おきぐらいに電車はくるので利用しやすいのですが、なんといっても驚くべきはその乗車賃。なんと2ブル(エチオピアの通貨は「ブル」といいます)!日本円だと約8円!!一生懸命歩いた距離をたったの8円で戻っていくのがなんとも複雑な心境でした。

さらに、この電車は高架の上を走っているので景色もいいんです。アディスアベバの街が見下ろせます。アディスアベバ観光のアトラクションの一つに加えてもいい気がしました。ただ、なんと電車なんですが飲み物の持ち込みが禁止されているので気をつけてください。荷物チェックもあります!

ではここからは単発でアディスアベバのいろいろを紹介します。まずはこちら。エチオピアはバラが有名だそうです!確かに街を歩いていると花屋さんがちょくちょくあります。

昨日は大学の卒業式だったらしく、街中ではたくさんのバラを売る人々がいました。

そして何より街中で1番印象的なのが、路上での靴磨き(くつみがき)!もう歩いているとここでもあそこでもいたるところで靴を磨く人の姿があります。これは一つのお金稼ぎの方法のようで、大人から子どもまで水の入った小さなバケツとクリームを持ち歩いて仕事をしています。磨いてもらっているのは地元のオシャレな男性が多いです。美へのこだわりを感じます。私に対しても声をかけてくるのが非常にうれしいので、エチオピアの旅中に一度は磨いてもらおうかと思っています。

もう一つ。これも目立つんで書いておこうと思います。こちらはお店で扱っている商品なんですが、巨大なちまきのような大きな葉でくるまれたものが置いてある店がこれまたけっこうな数あるんです。店の前にはその大きな葉が捨てられているのでイヤでも目につくこのなぞの商品を扱うお店。

葉の中には大量の植物の葉っぱが!なんだこれは!?と。彼らに聞くと、食べると頭がさえてくる葉っぱということでした。カフェインが多く含まれてるとか毎日食べると良いとか、人によって意見が様々ですが、なーんだかあやしい雰囲気(ふんいき)があります。最初はそんなことを知らずに少し食べましたが、ただの苦い葉っぱでした。あまり深入りしない方がいいやつです、きっと。

ビル群にどうしても目がいってしまいますが、ちゃんと人々の暮らしもそこに感じるのがアディスアベバです。パラボラアンテナの数がすごい!

でもやはり街の上を走る電車というのは日本では当たり前かもしれませんが、なかなか衝撃的(しょうげきてき)です。ちなみに、アフリカの首都の異名を持つアディスアベバは、通りの名前が国名なんです!これはさすがだなと思いました。

こちらは我がナミビアストリート!カーボベルデストリートも近くにあり、歩いているだけでアフリカ旅行気分が味わえます。さらにはアフリカ各国の大使館の案内表示もしっかりしているアディスアベバ。アフリカの首都は伊達(だて)ではありません。

まぁということで、アディスアベバの街はこれまで出会ってきたアフリカでは見たことのないモノやコトであふれています。ヒトもすごーく親切!距離感が非常に近くてビックリするくらいです。他の国では首都だとかなりサバサバした感じがあったのですが、エチオピアは気さくに声をかけてくれます。子ども若者も大人もご老人も!相変わらずタクシーの運転手は「タクシー??」と車の中から声をかけてくるのですが、ノーセンキュー!というと「OK!」と明るく返してくるのでこれまた面白い。

ただ。今日はそのあといろいろあったんですが、それは明日に回します。いろいろありましたが、アディスアベバの人たちはすごく魅力的(みりょくてき)です。今日の夕飯はこちらの美味しそうな牛肉と

インジェラ!やっぱり酸っぱい。肉だけの方が…なんて思いながらもその酸っぱさがまたいつかエチオピアの味として思い出になるんだろうと言い聞かせながらいただくのでした。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。