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DAY28 セネガルを旅する④「歴史を後世に語り継ぐ美しいアートの島 ゴレ島」

2019年5月12日、天気晴れ。

ついにこの時がきてしまった…。昨日の夕方からお腹の調子が悪くなり…。何かが原因でおなかをこわしてしまいました。おそらく水か、それとも昨日のお昼のヤッサポレの鳥か…。「アフリカ=おなかをこわす」というイメージは強いらしく、自分がアフリカに来る際も、おなかこわさないようにね~というメッセージを多くの方にいただいたのですが、ついにやってしまいました。今朝も調子はイマイチ。ですが、ようやくお昼頃になって回復してきた感じがしました。そしてここで頼りになるのが日本の薬です。ちなみに、セネガルもそうですしどの国にも薬局や病院はあります。セネガルはその中でも多いくらい一つの街に何個もある印象です。なので万が一という時はかけこめばいいのですが、やはり安心できるのは日本の薬!特に先生が旅に絶対に持っていく薬に正露丸は欠かせません。今はコーティングされてにおいの弱いものも売っているそうですが、良薬口に苦し!元祖正露丸は旅のお供です。今回もこれを飲んで気持ち的に治っていったように思います。あと、今日人生で初めてストッパも飲みましたが、これがおそろしいくらいすごい!「すぐ効く」と書いてありましたが、本当に速すぎてマジか!?となりました。あとは風邪薬や食べ過ぎた時のために太田胃散なんかも持ってきています。薬に頼るのはあまり良くないかもしれませんが、お守りがわりにもなるので、海外旅行の際は信じることのできる薬を持っていくといいですよ。ということで不調スタートの本日はヴェルデ半島に浮かぶ島にプチ日帰り観光に行ってきました。

今日はまずはダカールのバスに乗車です。バス停もちゃんとあって、時刻表はありませんが本数も多く走っているのでとても使い勝手のいいバス移動。番号によってルートが決まっているようですが、先生は全くはあくしていないので、宿のオーナーが教えてくれた「3番に乗れ!」を信じて乗車しました。

利用者も多くてバスはかなり混み合っていました。昨日紹介したド派手な目つきのバスとはまた違う種類のバスらしく、乗車するとなんとそこには運転席とは別に鉄格子で囲われた窓口のようなところがあり、行き先を伝えて料金を払うシステムになっていました。すごくていねい!約1時間ゆっくりと長い距離を進んでたったの50円なので急いでいない時はとても便利です。お腹の調子が悪かった先生にとってはベストでした!

ちなみにバスの座席をすごくゆずり合うすてきなダカールのみなさん。自分にも「座りますか?」的な気配りをしてくれて、すごくうれしくなりました。これはチュニジアの電車でも同じようなことがあったなと。男性が女性に席をゆずる姿はチュニスの市電でもありました。バスや電車の乗り方にもその国らしさが表れます。

やってきたのは岬の南の方のバスの終点です。これまた面白い所にやってきたなと、昨日とは違ったダカールの風景が広がりました。より地元な感じの道のわきにズラッとお店が並ぶこの感じ。どこもかしこも高い建物というわけでもありません。こういう地元の人たちでにぎわう場所もちゃんとありました。

そしてこの通りは何やら車のパーツ通りのような感じで、解体された古い車の部品を扱うお店が並んでいました。エンジンがゴロゴロと置いてあるのはなかなか面白い光景でした。

そんな通りを歩きながらたどり着いたのはフェリー乗り場です。チケット(5200フラン)を買ってフェリーに乗船。ちなみにこのフェリー乗り場に入る際にパスポート確認がありましたので、忘れずに持参してください。そして20分ほどでとうちゃくしたのが、ヴェルデ岬の南に浮かぶ小さな島。世界遺産「ゴレ島」です。

歴史を後世に語り継ぐ美しいアートの島 ゴレ島

まずこの島を見て一番すぐに思いついたのは、その色づかいです。先日訪れたサン=ルイ島を思い出させる明るい色の町並み。旅をしながら学んでいくとはこういうことを言うんだなと我ながら感じたのですが、このゴレ島もサン=ルイ島と同じく奴隷貿易の拠点となった島であり、フランスによってつくられた町になります。なので建物のふんいきがサン=ルイ島と非常によく似ています。ただ違うのはここは完全な島だということです。海で囲まれた美しい島の背景にはまた負の歴史があるわけです。

このゴレ島の機能はサン=ルイ島とは違い、当時の新大陸であったヨーロッパの西のアメリカ大陸の開拓の拠点としての役割を担いました。アメリカ大陸にアフリカの人びとを送り、そこで作物の栽培を行わせていたわけです。ゴレ島はその出発の港になります。

この「奴隷の家」と呼ばれる建物。2階はフランスの軍人たちのスペースで、1階のせまい空間に何百人という奴隷の人々が収容されていたそうです。そして、追加の人員が必要になった時、この中央の通路を渡って人びとは船に乗り込み、アメリカ大陸へと送られました。もちろん片道切符。二度と故郷であるアフリカ大陸には帰ってこれませんでした。

計り知ることの不可能な現実がそこにあったんだなと思います。ですが、それが歴史。それがあったから今がある。いやー、また考えさせられます。

この島はその美しい町並みと歴史の色濃く残る場所として今では観光名所の一つとなっていますが、人びとが暮らしている島でもあります。子どもたちは今日も元気に遊んでいました。

洗濯物が風になびく風景にも平和を感じてしまうのはこの島だからでしょうか。今日もいい天気で島はキラキラかがやいています。

そしてやはりキレイな町並みに心はうばわれます。自然の緑と海の青と建物のやさしい色合いが見事に合わさるまるでアートのような島。

そしてこういう島だからこそ、芸術も発展するのかもしれません。島のいたるところにはアートギャラリーのようなお店が。アフリカ布のパッチワークや絵画、色とりどりの砂を使ったサンドアートなど様々な作品が島と一体になっていました。

今は完全な観光の島となっているゴレ島。今日フェリー乗り場にとうちゃくした際、その人の数の多さにまぁおどろき!日本人にはあまりなじみがないですが、セネガルは世界中から注目を集める観光大国だということを思い知らされました。歴史を感じることもでき、ゆったりとした時間を過ごすこともできるセネガル。これから日本でも注目が集まりそうな気がしてきました。

ということで島にはレストランもあちこちに!しかも、すぐそこの海でとれた新鮮な魚を使った料理が食べられるということで、これはもう食べるしかありません。お腹の調子はお昼には復活!したと言い聞かせ、注文したのはこちら。

メニューに「National fish(国民魚)」と書かれていたら当然きょうみをもってしまうわけで、セネガルを代表する魚「チョフ」をいただきました。身はしっかりと、それでいてフワッとしていて美味しかったです!付け合わせのトマトのドレッシングの酸味がいい感じでアクセントになりました。いやー、本当にこの北アフリカからの旅が始まって一番の驚きはどこでも魚が食べられることです。ナミビア時代、川沿いに住んでいた先生は魚を手に入れることができましたが、ナミビアの基本は肉!でした。肉ももちろん美味しいですが、やはり魚を食べたくなるのは日本の国民性な気がします。チョフ、美味しくいただきました!

そして今日は夕方にめずらしくデザートも!もうお腹はバッチリです。やはりこれを食べねばと思い、なんと1つ200円もしないで食べれるマンゴーをまるまる一つぜいたくにいただきました。もうこれは言わずと知れた美味でございます。甘いのやわらかいのでもう口の中にしあわせが広がります。お腹が治るとこんなに美味しいものが食べれるということをうれしくも思うのでした。最高です。

そして、ゴレ島に来てからずっと町の中をにぎわせているのは、物売りのお兄ちゃんたちがかなでる楽器のリズムでした。マラカスのシャカシャカという音にカンカンとものがぶつかる音が合わさるこの面白い楽器。「アサラト 」という西アフリカの楽器で、木の実の中に草の種を入れた小さなボールのようなマラカスが2つ、ひもでつながってできた打楽器になります。まぁこれ、その楽器の形状を見ただけだと「なんじゃこりゃ?」という感じですが、その演奏する姿を見るともう「カッコイイ!!」とだれもが思うはずです。平成世代のなつかしいおもちゃハイパーヨーヨーのような目にも留まらぬスピード感もあれば(ハイパーヨーヨーがわからない人はググって下さい)、日本の伝統のおもちゃであるけん玉のような洗練されたシンプルさと奥深さも感じさせるこのアサラト 。リズムを奏でるだけでなく楽しむこともできる楽器です。もちろん先生購入しました。日本に帰ったら修行しようと思います。動画を見たい方はコチラをどうぞ。

https://m.youtube.com/watch?v=iXDc1Ll-BsA

これ、写真の彼、サリウです。

今日は一日ゴレ島をめぐり、のんびりした時間を過ごすことができました。しかし、最後に一つ。みなさんにも知っておいてほしい事実を書いておきたいと思います。「奴隷(どれい)」という言葉は、先生も好きになれないもので、このブログに書くたびに少し苦しい思いがするのが正直なところです。しかし、決して目をそらしてはいけない過去の歴史であることも事実です。人がものとしてあつかわれていた時代があるのです。そしてここからが本題です。今回このゴレ島をおとずれ、様々な歴史的資料や情報にもふれることができました。その中で、やはり衝撃だったことがあります。

Victims of modern forms of slavery

かんたんに言うと、現代社会にも奴隷的なひがいを受けている人がいるという事実です。しかもその数は世界におよそ4000万人もいるというのです。たとえばしたくもない仕事を強制的にやらされている人びと(強制労働)がまだ世界にはいるという現実があります。物語ではなく今このしゅんかんにも実際に起きていることなんです。日本にいると全く感じないこの世界の実情。こういう目に見えない現実に対して自分はいったい何ができるのか。世界中の人たちがみんなで考えるべき時がもうすぐそこまできているのかもしれません。他人事にはしたくないなと思いました。

さぁ、思えば旅が始まって間もなく一ヶ月。一日も休まず動き続けていることに今さらながら気がつきました。決して無理をしているわけではないのですが、たまにはこういうのんびりする時間もいいなと感じたのでした。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。