フォロー

メールアドレスを登録して購読フォローお願いします。記事をメールで受信できます。

DAY23 モーリタニアを旅する⑥「岩山の谷の緑のオアシス テルジット」

2019年5月7日、天気晴れ。

昨日のひろうはたまってますが、今日はシンゲッティからまた移動です。モーリタニアの国土の広さは、この一週間の移動の度によく感じたことでした。改めて地図を見ると、北アフリカのサハラ砂漠を有する国ぐには、他のアフリカ諸国と比べて明らかに国が大きいことがわかります。今日でモーリタニアの旅も最後になりますが、移動をする時間が長かったというのも一つモーリタニアを知る上で大切な経験になった気がします。ということでなんと出発は朝4時半!まだ日の出前だったので軽い朝食をいただき、真っ暗な中荷台に乗って④アタールの街までもどります。ここで、2日間旅を共にしたアンドレとはお別れです。彼もかなりつかれていたようで、自分が出て行くのにも全く気づかない様子でした。なのでさよならが言えなかったのがくやまれますが、今はSNSでつながれる時代。アンドレと話した仕事の話や人生観、その他様々なことはこれまた先生にとって大切な学びであり思い出になりました。またどこかで会える日が来ることを楽しみにしています。荷台から見えたうっすらと天の川らしきものも見える満点の夜空から一日が始まります(この一枚はがんばってとりました!)。

だんだんと空が明るくなっていくのがわかるということに非常に特別な感じがしてしまうのがなんとも不思議だなと。日がのぼれば明るくなって、日がしずめば暗くなるという知ってて当然のことですが、改めて考えるとそのスケールの大きさを感じさせられるアフリカでの夜明けです。日本との9時間の時差を認識したり、ラマダン期間の断食の始まりを意識したりすると、1日というものの理解がまた面白く感じられるようになってきました。

午前6時にはアタールにとうちゃくしました。行きは3時間ほどかかりましたが、帰りは山を下るように進んできたのでなんと2時間というおどろきの早さでした。そしてついに日の出が。ラマダン2日目が始まります。ちなみに、お世話になった宿の方に聞くと、ラマダンは初日が一番つらいとのことでした。このラマダンの始まりはカレンダーでココ!と完ぺきに決まっているわけではなく、なんとなくここら辺で月が見えはじめるだろうという感じで人びとは考えてるんです。なので、オーナーさんはてっきり今日からラマダンが始まると思っていたら、まさかの昨日から!そりゃ一日元気もなくなり残念そうな表情で過ごすはずです。今朝はようやく笑顔がもどってました。先生も日中の食事はムスリムの皆さんに習ってひかえていこうと思います。

アタールの街で次の目的地へと向かう車を待つこと1時間。ようやく見つかり乗りこんで、④アタールから南へと1時間ほど進んでいきました。するとそこにはこれまでとはちがうモーリタニアの自然の姿が!モーリタニア最後の村⑥「テルジ(テルジット)」です。

岩山の谷の緑のオアシス テルジット

着いたしゅゆかんにここはどこだ!?とモーリタニアとはちがう国に来たような異国のふんいきを感じざるをえませんでした。サハラ砂漠の中に豊かなヤシの木の緑が映えるその風景におどろかされます。

このテルジットには水源があるようで、ところどころからわく水が緑を育てているようでした。まさに砂漠の中のオアシス!モーリタニアのザ・砂漠のイメージとはまたちがった景色をどうぞ。

昨日の砂漠でのカラカラ感が一気にいやされる水の音や緑のにおい。砂漠地帯で人びとがオアシスをほっする気持ちがわかったような気がします。すでに暑い太陽の日差しも、ヤシの木のおかげでさえぎられ、心地よい風だけが感じられました。

が、どこまでも続いているわけではないんです。ヤシの木の地帯をぬけるとそこはまた砂漠。ここは岩山に囲まれているので、また少し違った砂漠を感じることができます。

気がついたらがっつり岩山登山をしていました。昨日は砂漠で今日は岩山。日焼けしたうでと足のふくらはぎにまた太陽が照りつけて痛みも感じますが、それでも登ることをおさえきれないこのしょうどう。面白そうな場所や景色は人を動かすチカラがあります。ですが、なぜそんなに登ろうとするのか。実は地図アプリに周辺に「オアシス」があるとかかれているんです。観光スポットになってるとのマークもあり、これは見たいと思って歩みをすすめてたわけなんです。

登っていくととちゅうでラクダにも出会いました。岩山をラクダで登るというのもなんともスリリングだなと感じながら、まだまだ上を目指します。

だいぶ上まできました。が、オアシスは見つからず。…もっと上?半信半疑で進むしかありません。そういえば、この登山にはガイドはいません。完全に先生一人のみで、まわりにもだれもいませんでした。あまり安全とは言い切れないので、皆さんが登山をする際は日本なら登山届けを出したり、だれかといっしょに登ったりするなど、安全に登山を楽しみましょう。はい、いつの間にかガッツリ登山をしていることに気付いたのでした。でももう引き下がれない!

上の方までやってくるとそこに植物を見つけ、水の存在を近くに感じました。もうすぐだ!

少しひらけた場所も出てきて期待に胸がふくらみます!

GPSを頼りに登り続け、この先20mのとこにオアシスがあるところまでついに来ました。そして目の前に穴らしきものが!これだ!最後の力で岩を登り、そしてついに!!

えー、結局オアシスは見つけられなかったんです。正直後半はうすうす気付きながらも、それでももしかしたらを期待して登り続けましたが、無かった。オアシスというあるかないかもわからないまぼろしの魔の魅力にひかれて山のてっぺんまできてしまうというこれまた貴重な体験ができたということでよしとしたいと思います。上からの景色もまたそうかいでこれを見れただけでも感動でした。強がりだー。オアシスでいやされたかった。そして当然ですが、帰りは岩山を下ります。そしてこれはもう知られていることですが、岩山は上りよりも下りの方がきついんです。両手も使いながらがけ下りをするような感覚です。何度も書きますが、そこに太陽の日差しも加わります。いやー、苦しい!でもこれが生きてるってことなんだなと!ガイドブックにのっている道をたどって美しい景色をながめるのももちろん楽しいですが、あてもなくたどり着いた先に広がる景色は自分だけのものになります。かなり大変でしたが無事に下山してテルジットの「登山」が終了しました。すずみに来たつもりが汗だくだく。

そして荷物を預かってもらっていた場所にもどると「こっちへ来い!」とヤシの木の屋根でできたすずめるスペースに招待していただきました。ゴザの上に座ったらもう一気につかれが!そしてそんな自分の様子を見ていたここで宿を経営するお兄さんがなんと水をくれたんです。もうありがたすぎてメルシー!!カラカラにのどがかわいていたので本当にたまりませんでした。…ただ、今はラマダン中。いいの?と聞くと、問題ないよという感じでうなずいてくれましたが、ムスリムの皆さんはこの間もずっと飲食をしてないんです。もうしわけありませんが、ありがたく飲ませていただきました。

さぁここからはまたラマダンの話を少し。日中は一切の飲食をしないラマダンの期間。すでに日中の最高気温は温度計で30度近くになるモーリタニアをふくめたアフリカ北部の国々。ちなみに、まだ本格的な夏はこれからというからおどろきです。特にモーリタニアはこれまで旅してきたイスラム教の国の中でも本当に暑い国です。そんな中ラマダンが始まったわけですが、みんなちゃんと生きていけるの?と思いますよね。実はこのラマダンを乗り切る方法があるんです。それが

『何もしない』

これです。水も飲めないので汗をきょくりょくかきたくないわけです。なのでどうするかというと、ねてるかゴロゴロしているか!そして、日がかたむいて少し気温が下がってきたころにじょじょに活動をし始めます。日の入りの時間近くになるともう食事の準備はバッチリ整い、あとはモスクからの「日が沈んだよ〜」のアナウンスを待つわけです。そして念願の飲食の時間がやってくる。ラマダン期間は夜に1時間のお祈りの時間もあるそうです。そして、お腹が満たされたじょうたいで楽しく明け方まで起きているといよいよまた日が出る時間に。明るくなると寝る時間になるのです。これを約1ヶ月!まだ信じられませんが、きっとこの先の国でも続いていくわけです。すごいなぁとしか言えません。

なのでここで困ったことが!つまりラマダン期間中は日の出ている暑い間はバスやタクシーもあまり走らないんです。ですが、今日はテルジットから首都ヌアクショットまでもどりたい!いっしょにゴザの上ですずんでいた方になんとか思いを伝えると、主要道路まで送ってくれることに!ラマダン中なのにありがとうでした。

そしてその後は心配していた全く車が通らなかったらどうしよう!なんてこともなく、すぐに①ヌアクショットに向かう乗合バスをつかまえることができました。よかったー!明日からの移動もしっかり考えて動かないと!とラマダン期間中のいい勉強になりました。道中ずっと続くサハラ砂漠もこれで見納めかな!?なんて思うと少しさみしい気持ちになりました。バイバイサハラ砂漠!

そして一週間ぶりにヌアクショットにもどってきました。来る前は本当に心配だったここモーリタニアでの一週間でしたが、終わってみると他では経験できない体験の連続で充実した旅になったなと感じます。そして夜はついに食事を!空きっ腹に羊の肉が最高に美味しかったです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。