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DAY22 モーリタニアを旅する⑤「サハラ砂漠と人が共存する町 シンゲッティ」

2019年5月6日、天気晴れ。

昨日はまるまる移動の1日で、その前はお昼過ぎには駅にいたので、ほぼ2日かけてやってきた町「シンゲッティ」でむかえた朝。おどろいたのは8時に外に出るともうすでに太陽がギラギラしてること!まだ朝ごはんも食べてないのにここまで暑いかと。寒いのよりは暑い方が好きなのでいいのですが、今日は結論から言うとものすごーく日焼けをする一日となりました。今も肩が痛いです。

今回2日間お世話になることになったのはこちらAUBERGE ZARGA。1泊900円、夕飯は750円でつけることができます。昨日の夜はラクダ肉のタジンをいただきましたが、料理は全てオーナーのおじさんが作ってくれてます。そしてこのオーナーさんは大阪に住んでたことがあるらしく、そのためかホテルのへきめんにもひらがなとカタカナが書かれてるんです。とても気をつかってくれる方で、かつ地元のおじちゃん感があるので、自分もシンゲッティの一員になってるような気分を味わえました。今日もここを起点に動きます。

とその前に、まずはせんたく!昨日砂まみれになったジャケットや寝袋、さらにはバックパックまで思い切って洗うことにしました。まぁそんでもってすぐかわくから笑っちゃいます。どんだけ暑いんだ!!と、思わずつっこみたくなるそんなガッツリ快晴の本日。午前中はシンゲッティの町を散策してきました。

サハラ砂漠と人が共存する町 シンゲッティ

モロッコで初めて見たサハラ砂漠は、全体の本当にわずか一部だったことを改めて感じるモーリタニアの旅です。どこに行っても砂漠。国土の90%が砂漠というモーリタニアを旅していると、世界一大きい砂漠の大きさが先生の想像をはるかに超えていることを強く実感します。モーリタニアはアフリカ大陸の西に位置する国ですが、東のエジプトやスーダンの方まで永遠と続くサハラ砂漠。アフリカ北部の人々の生活が砂漠と共にあるということをこの旅の中で知りました。そんな中でもここシンゲッティはまさに砂漠の中に人々の生活の場所があり、暮らしを営む様子が見られる町です。写真でごらんください。

モロッコのメルズーガにも人々の生活と砂漠が共にありましたが、どちらかというと砂漠のとなりで暮らすという印象を受けました(シンゲッティの町を見たから感じることです)。対してシンゲッティは町そのものがもう砂漠!通りを歩いていても砂漠。すぐ先は砂漠。砂漠の中で暮らしているということがどこを見ても感じられる町です。

通りには石やレンガを積み重ねてできた家々がならびます。今でもこの昔ながらの家に住む人々もいて、歩いていると子どもたちから「ボンジュール」と声をかけられることがたくさんありました。

そしてこのシンゲッティの町で特に有名なのが、同じく石で造られたこちらのモスクです。モスクには必ずある塔(ミナレット)ですが、こちらも先ほどの家々と同じような石を重ねてできており、そのてっぺんにはダチョウの卵のかざりがついているという面白いデザインになっています。

この町はモーリタニアの真ん中に位置するために、昔はモーリタニアの商売や流通の中心地としてにぎわっていたそうです。

町の中には歴史的な図書館もあり、大変貴重な資料が今もしっかりと保管されているそうです。こちらは観光客が見れるレベルではないので、場所だけ見ておしまいです。

中学校の地理で習った「砂漠化」という言葉。サハラ砂漠は今もなお少しずつですがそのはんいを広げているんです、実は。このシンゲッティの町を歩いていると豊かな緑にも出会います。砂漠にこんなに緑がおいしげるというのもなかなか不思議な光景ですが、ここには実は川も流れ、かつてはいろいろな種類の動物も生息する緑豊かな地域だったようです。が、現在は町はまさにサハラ砂漠。動物も乾燥地帯で生きのびることのできるラクダとヤギしか見かけません。

砂漠に飲みこまれた家のあともありました。ただの砂が一面に広がる大自然に底知れないチカラがあることを感じさせられると同時に、大地の底に流れる水を頼りに砂漠で生きる植物たちのチカラを見せつけられるのでした。

それにしてもこの町の人たちは本当によく声をかけてくれるんです。大人はお店の物を買わないか~という感じですが、小さい子たちがまぁあいさつをしてくれるのがうれしくてたまりません。「ボンジュール」や「ハロー」だけでなく、あいさつの前に「あなた英語話す人?」とそこまでていねいに聞いてからあいさつしてくる人もいるのにはビックリでした。あいさつはやはり心があったかくなって本当にステキです。

午前中は町の中を散策しましたが、午後は近くの村まで歩いてみることにしました。ポルトガルから来たアンドレと今日は丸一日行動を共にしています。暑くてつかれていてもそこに見ておきたい砂漠の景色と、いっしょに行動してくれる仲間がいると自然と元気がわいてきます。まぁそれにしても歩き出してすぐわかりました。

何度も書きますがサハラ砂漠は大きいです!歩き出してすぐにもう砂に足をとられるので歩きづらく、そしていくら進んでもずーっと続く砂漠に少し心が折れそうになるのが正直なところです。モロッコでは砂漠の移動は全てラクダに乗ってだったので、こんなにつかれるものとは知りませんでした。そして太陽が本当に暑くてしんどい。でも、その分風が吹いた時がたまらなく気持ちいい!そして、アンドレが砂丘を登ってショートカットしようというので、自分ももちろんついていくことに。砂丘はやわらかい砂というのが多いのですが、ここの砂はかなりかたまってて歩きやすかったです。そして小高い丘のてっぺんまでくると

この景色。これが360度です。どこまでーも続くサハラ砂漠にすげーの声しか出ませんでした。目の前に広がる自然のチカラが造り上げる美しい光景。何よりこのシンゲッティの砂漠の散歩がいいのは、先生とアンドレ以外そこに誰もいないことでした!人間の足あとは先生たち2人のものだけで、あとはラクダやトカゲ、虫などの生き物の足あとがあるだけです。こんなすごい砂漠を二人じめしているこのぜいたくは、こういう小さな町で自分たちの足で動いたからこそ味わえるもの!この砂漠の景色はたまりませんでした。

砂丘のてっぺんを歩き続けてとなりの村にくるとそこにもモスクが!砂漠の中にそびえるミナレットはこれまた非常に味のある感じです。モスクの中からはお祈りをする音が聞こえてきました。

さぁでも、さすがに暑い。そして砂漠を歩くのは本当に体力が入ります。ちなみにここまでおよそ4kmの道のりでしたが、帰りはこれをもどります。アンドレと少し休もうかと話しても、休む場所がなくこうしている間にも太陽が先生たちの体力をうばっていきます。とにかく冷たい水が飲みたいという思いで、遠く1km先にある村を目指してまた歩き出します。水を求めて砂漠の中を移動していく砂漠の人々の気持ちが少しだけわかったような気がしました。これはハード。

結局その村には水はなく、日かげにすわって休みました。持ってきた水とうの太陽のおかげでアツアツのお湯を大切に飲みながら、来た道をもどり、あと少しだ!と2人でおたがいにはげましあいながらその後無事に宿にとうちゃくしました。まるまる4時間の砂漠の散歩。まぁニベアは軽くぬってましたが、痛いくらいの日焼けのあとがくっきりと!そして、もうたまらず買ったのはコカコーラ!!いやー、しみすぎました!!

シャワーも浴びてさっぱりして、夕日もながめてこれでシンゲッティの1日が終了です。歩いた歩数が1日で3万歩もいっててビックリ!砂漠を思う存分まんきつしました。

さぁ、でも今日はこれでは終わらないんです。実はイスラム教の人々にとって今日から非常に大切な期間がスタートしました。今夜もうっすらとその姿を見せた月。この5月の月が姿を現してから満月になり、また新月となって姿を見て消すまでの一ヶ月間は「ラマダーン(ラマダン)」と呼ばれる期間になります。今日はその始まりの1日でした。このラマダンは、先日説明したイスラム教の人々(ムスリム)の守るべきことと同様に義務の一つとされています。その内容は

『日の出から日の入りまでものを食べない』

というものです。そしてここで「食べない」と書きましたが、これには飲まないもふくまれ、飲食を一切しない(断食する)という義務になります。まぁこれだけ聞くとなんだそれはとなりますが、これを守ることによってイスラム教を信じる気持ちや、共に苦しい経験をする仲間とのきずなが深まるという意味合いがあるようです。さすがに先生がこれを今日守っていたら砂漠で今ごろたおれています。観光客や、子どもたち、老人のみなさんや病気の人々はこの断食をしなくてもよいとされています。が、やはり先生だけ目の前でものを食べてるというのもムスリムのみなさんにもうしわけないので、今日も水だけは飲ませていただき、先生も朝ごはんを食べたあとは日没まで何も食べませんでした(といいつつ、砂漠から帰ってきてコカコーラだけはがまんできてませんでしたね)。

こんな体験ができるのもなかなかないことなので、一ヶ月間先生もできるかぎりラマダンを経験してみようと思います。でも水は大事。明日からも人々のラマダンの様子を書いていこうと思います。今日は本当につかれたのでここまで。夕飯ではラクダのミルクも飲ませてもらいましたが、ヨーグルトみたいで飲みやすかったです。そしてチキンタジンが最高!心と体にしみる最高の晩ごはんでした。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。