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DAY7 チュニジアを旅する⑤南部タタウィンの町からめぐる「スターウォーズのロケ地ソルタン」と「山岳都市シェニニ」

2019年4月21日、天気くもり。

今日はとにかく

「想いは言葉をこえる」

ということを感じた一日でした。本当に。

昨日一日かけてやってきたのは首都から400km南にあるタタウィンという町です。高いビルはなく、遠くにはアフリカと言ったらこれというテーブルマウンテン(頂上が平らな山のこと)が見え、さらにはさばくの近く独特の砂っぽい風。夜になると街灯の明かりだけでほぼ真っ暗。あぁ、これだよね。この感じを求めていた自分がいました。

そしてこの町で過ごす一日が自分にとって大きなちょうせんになることは、ホテルに着いてすぐにわかりました。

英語が通じない。

これまでチュニジアでおとずれた場所ではかろうじて英語が通じるので、そこまで困ったことはなかったのですが、この町では英語が本当に通じません。昨日の夜に行ったレストランでも終始アラビア語。でも今日はいろんなところを見て回りたい。…だいじょうぶかな…。さすがに心配になりつつ、とにかく行きたい場所の情報だけは集めて、今朝をむかえました。

今回とまったホテルは部屋ではWi-Fiが使えなかったので、食堂でいろいろ調べていました。すると

ホテルのアルバイトのような男の子が、スマホに何かをしゃべって自分に見せてくるんです。

「名前は何ですか?」

アラビア語がスマホで英語に変わる。それだけで心が通じたようなしあわせが胸いっぱいに広がりました。

「コジマです!」

そこから彼がいろいろとスマホのアプリを使って自分にいろいろ伝えてくるのですが、なかなかアラビア語がうまく変かんされないので、自分もすかさずほんやくアプリをダウンロード。そこからはスマホの画面見せながら、でもだまってるわけじゃなくて英語とアラビア語で会話。でもカタコトの会話でなんでもかんでもうまく伝えられるわけではないんです。が、これ本当にやってみるとかんげきします。自分の言いたいことが少しでも相手に伝わる。これがどれだけうれしいことか。しばらくしたら彼が

「今日はどこに行くの?」

というので、行き先を伝えて、ついでに移動手段について質問をしました。そこからは悪戦苦闘しながら自分がしたいことを伝えるのですが、なかなか伝わらない。でも彼は一生けんめい何度もスマホに向かってアラビア語で話しかけるんです。たまに変な変かんがされて、2人で笑い合うこともしばしば。で、やっぱりさすがにむずかしかったので、彼は

「待ってて。」

と一言残して去って行きました。

これだけでもすごく楽しい朝で、ほんやくアプリってすごいなと思いつつ朝ごはんはフランスパンを丸ごと一本化食べてたんです(本当にチュニジアはパンが美味しい!)。そしたら、朝からシフトに入ったホテルの受付の女性が「ちょっといい?」と手をこまねいてきました。彼もそこにいました。彼女は英語が話せました。

「彼といっしょに地元の小さなルアージュ乗り場まで行って!そこから自分で目的地に向かうルアージュをつかまえられると思うから」

不安が一気にふきとんだ!てか、彼マジで真剣に自分のことを考えてくれてて、本当にうれしすぎました。何回シュクランを言ったかわかりません。今日という一日が一気に明るい希望に満ちてきまして、朝食も食べ終えてすぐに出発!そしたら受付の彼女が

「70ディナールでホテルからタクシー借りて観光できるようにしたけどどう?」

実は昨日、タタウィンの町に着いてすぐにタクシードライバーに声をかけられたんです。「英語が話せるタクシードライバーはこの町で自分だけ!100ディナールで回るよ!」。たしかにみりょく的ではあったのですが、ちょっとためらう気持ちがあったんです。でも、この彼女と彼の提案はありがたくおねがいしました。値段が安いとかではなく、自分のためにここまでしてくれたってのが理由でした。

彼の名前はウセマ。言葉も通じない自分に声をかけ、思いをわかってくれたステキな人でした。本当にありがとう。そして自分も今のままじゃいけないんです。シュクランだけでは気持ちは伝わりません。何のために外国語を勉強するのか。日本の小学校でも本格的に英語の授業が始まりましたが、何より大事なのは、言葉は

「想いを伝える手段」

だってことです。別に英語じゃなくても何語を勉強してもいいんです。英語は世界共通語!ではないことはもうこの数日でよーくわかりました。大切なのは伝えたい想いがあること!その思いがあれば、言語学習は勉強ではなくなります。…とカッコつけていいますが、アラビア語はむずかしいです。でも、覚えた言葉をすぐ使います。シュクラン!ビスレーマ(さよなら)!(泊まったのはHOTEL AMILCAR、一泊朝食付きで40ディナール、1484円でした。)

スターウォーズのロケ地 ソルタン

いきなり表れたなんとも不思議な空間。4階建に見えるそれは、チュニジアの先住民であるベルベル人が倉庫や住居として使っていたクサールと呼ばれる建物です。丸みを帯びた形がどことなくかわいくも思えてきます。

このなんとも言えない異空間は映画「スターウォーズ」のロケ地にもなりました。ちなみに、チュニジアにはここ以外にもたーくさんのスターウォーズのロケ地があります。まるで異世界のような風景がチュニジア南部では見られます。

山岳都市 シェニニ

ここもベルベル人によって造られたクサールの一つです。しかし、ソルタンと大きく違うのは山の上に造られているとという点です。見た目も先ほどのソルタンのかわいさから比べると、まるで一つの世界のような強さが感じられました。ここはおそってくる敵から身を守るために高い所に造られたクサールでした。今でも60ほどの家族がここで生活しているそうです。10ディナールでガイドをしてくれるということだったのでおねがいをすると、山を登りながら生活の様子を紹介してもらうことができました。

これはオリーブの実をしぼるための巨大なうす。これはさすがに人の力では回せません。そこで力を借りるのがラクダ!ヤギなども一緒に生活をしているそうです。それにしても風が強いし、そして暑い!そんな時は穴のようにくりぬかれた住居の中に入ると、まぁすずしい!上手に造られたクサールの構造にもおどろかされました。

下から見ても上から見ても、はくりょく満点のシェニニです!

2つの村をめぐり、チュニジアの大自然と人工美をまんきつ!それもこれもタクシーを準備してもらうことができたから。ドライバーが途中で変わったのですが、やはり2人とも英語は一切しゃべれませんでした。それでもアラビア語で何かを伝えようとしてくれる2人。後半のドライバー、アリーはずっと何かをたずねたり教えてくれたりしました。もちろんわからないのですが、ところどころでアリーが言おうとしてくれていることが本能的にわかるんです。ほんやくアプリは自分の一方通行なので、アリーが聞いてることにバッチリ自分が答えられたことがわかった時は二人で大喜び!アラビア語でイエス!はウィー!なので、二人でウィー‼︎って。なぜ言葉がわからないのにこんなに居心地がいいのか。想いは言葉をこえる。本当に今日はすごくうれしい気持ちでいっぱいになりました。アリーが教えてくれたことを一つ。チュニジアを鉄道やルアージュで移動していると、窓からいつも、キレイに植えられた木が見えるんです。あまりにも縦横にきれいに並んでるので、まぁおそらく何かの木なんだろうなぁと思っていたのですが、そしたらピン!ときたんです。いつもレストランの料理に必ずと言っていいほど入っているあれ。そして今日ガイドさんが紹介してくれたあれ。アリーに聞くと

「そうだよ!あれはオリーブの木だ!ここら辺は少ない方だよ。ジェルバ島に行けばもっとたくさんあるよ。で、チュニジアのオリーブ生産量は世界第3位なんだ!」

旅していて疑問に思っていたことが判明した時のスッキリはかいかんです。ちなみにこれも全部アラビア語で彼が言ってたことです。おそらくあってると思います。

さぁ、とんでもない強風だった本日。アリーに聞いたらこれはいつもではない!とのことだったので、今日だけ特別だったようです。砂ぼこりまみれになりましたが、心はチュニジアでいっぱいになった気分です。午後はルアージュで来た道を戻りました。やはり田舎の町あるあるで、大きな街ではバンバン出発していたルアージュでしたが、なかなか人が集まらず、最後はあと一人が来なくて出発できないということで、乗客のみんなでわりかんすることに。結局出発までに2時間待ちました。まぁ先生にとっては早い方です!さぁ目的地はきのう少しだけ寄ったスファックス。今日はまた都会にもどり一泊です。

そしてその道の途中、休けいのために車が停まりました。先生は車の中で座っていたのですが、さっきわりかんするからお金をちょうだいと声をかけてきた彼が外から声をかけてきたんです。

「これ、飲まないか?」

彼がすすめてくれたのは、アラビア語で「レグミル」という飲み物でした。ヤシの実的なやつからとれるそうで、その味はあまくてつかれた体にちょうどいいそうかい感!車の中も熱くてノドがかわいてた上に美味しすぎたのでいっしゅんで飲んじゃいました。もちろん売り物なのでお金をはらおうとしたら、「お代はけっこう!」と。「チュニジアへようこそ!出会えてうれしいから!」ということで店主さんがサービスしてくれました。しあわせすぎる一日でした。

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。