南アフリカを旅する⑦ 最大都市「ヨハネスブルグ」Part2 〜観光バスで巡る世界最凶都市と呼ばれる街〜

2019年10月30日、天気晴れ。

DAY106の続き

時刻は正午前。ヨハネスブルグに到着した!というだけで前半は終わってしまいましたが、それだけこの街に対する気持ちが昂(たかぶ)っているということです。ということでいよいよCity Sightseeingのバスに乗ってヨハネスブルグ観光スタートです!

ヨハネスブルグ

こちらの赤いバスでヨハネスブルグの街を巡ります。なんと座席にはイヤホンジャックがあり音声ガイド付きのこのバス!16ヶ国の言語による案内の中には日本語の解説も登録されているのは驚きです。乗車時にイヤホンが配布されるので座席に着いたら音声をセットすればオッケー!しっかりと日本語で街の様子を教えてくれます。

ヨハネスブルグを美化して「美しい街です!」とは言わず、街のリアルな様子をしっかりと教えてくれる音声ガイド。先ほどの地図上の赤いラインが走るヨハネスブルグ南部は治安がかなり悪いエリアです。宿のスタッフさんにも「行ってはいけない」と言われた南部。このビルに集まっている人々は仕事を求めてこの場所にやって来ている方だそうです。毎日このような状態が続いているらしく、「右手をご覧ください」というアナウンスから自動音声による説明が始まりました。バスの2階から眺めるヨハネスブルグの現実。複雑な心境にさせられます。

1886年に金がこの地から発見されたことによって大きく歴史が動いたヨハネスブルグ。カッコよくいうとゴールドラッシュという表現になりますが、実際のそれは非常に暗い歴史の始まりでした。ザックリと説明します。ザックリなのでご了承ください。アフリカの地で金が発見されたら本来それはアフリカの利益となるわけです。が、そうはなりませんでした。金が発見された!という情報は世界中に広まるわけで、それにいち早く飛びついたのはその当時世界最強の国であったイギリス(大英帝国)。この金を独占したいイギリスは戦争を起こしてこれを自分たちのものとしました。

そしてイギリス主導の下、この土地で金の採掘(さいくつ)が行われたわけです。ヨハネスブルグの街には金の採掘に使われていた機械が今もその姿を残しています。ちなみにヨハネスブルグの市の外れの方では今も金鉱山(こうざん)は稼働(かどう)しており、この街の産業の一つになっています。が、この金を採掘するという楽しそうにも思える作業。実際はとても過酷(かこく)な肉体労働なわけです。それを誰が行なっていたのか。イギリスの人々は指示をする側。指示されて動いていたのは地元の人々です。ここで「アパルトヘイト」についても少し書いておきます。

アパルトヘイト

アパルトヘイト(Apartheid)は、アフリカーンス語で「分離、隔離」を意味する言葉で、特に南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人、インド、パキスタン、マレーシアなどからのアジア系住民や、カラードとよばれる混血民)の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す。かねてから数々の人種差別的立法のあった南アフリカにおいて1948年に法制として確立され、以後強力に推進されたが、1994年全人種による初の総選挙が行われ、この制度は撤廃された。【Wikipedia】

この南アフリカには肌(はだ)の色が違うからという理由で人が人としての権利を奪われる時代がありました。それもつい30年ほど前のことです。肌の色によって仕事につけない、住む場所が自由に選べない、電車に乗れない、教育が受けられない。そんな時代があったんです。本当に。写真の場所はあのインド独立の父であるマハトマ・ガンディーの名がついた「ガンディースクエアー」という広場です。ガンディーはこの南アフリカの地で弁護士として働いていた時代があり、その当時に彼もアパルトヘイトによる人種差別を経験しました。その後、母国であるインドにて人生をかけて人種差別と戦った偉大なる英雄の名がこの地につけられたのです。

過去があったからこそ今があるのだと思います。今日こうして子どもたちが学校に通えているということが何より素晴らしいこと。アフリカを旅していると植民地の悲しい歴史に直面することが多々ありますが、それらを乗り越えた人間のチカラも同時に感じます。まだまだヨハネスブルグには問題が多々あるのが現状。しかし、ここからがまた人間の挑戦なんだろうなと。

渡ってはいけないと宿の方に警告されたネルソンマンデラ橋ですが、観光バスに乗ることで安全に通過できました。ヨハネスブルグの南部エリア(CBD地区)をこの目で見れたことは大きな経験に。実際に見たからこそ感じること、考えることがあります。

日本人にとってアフリカというと貧困や病気といった印象が強いのが事実で、だからこそ私は逆にアフリカのキラキラしたところに注目したいといつも心掛けています。ですが、時には苦しい現実を直視することも必要。こういうリアルを見て素直な気持ちを上手に発信するのは難しいですが、この大陸が好きだからこそ自分の目と心でしっかりとアフリカの今を見ることを大切にしたいと思います。そして切り替えも大切!ここからはヨハネスブルグの観光ポイントを紹介していきます!

カールトンセンター (Top of Africa)

ヨハネスブルグに来たならやはりその発展した街並みを上から眺めたい!ということで、バス停番号11番で降りると目の前にそびえるのが高層ビル「カールトンセンター」です。このビルの最上階にある展望台に付けられた名前は「Top of Africa」!

30ランド(約220円)を払ってビルの最上階である50階までエレベーターで登ります。地上223mの高さまでの時間はわずか40秒。そして目の前に広がるのが

ドドン!世界都市ヨハネスブルグの景色です!!もう有無を言わせない圧倒的なビルの存在感に言葉を失います。これがヨハネスブルグ。いわゆるザ・アフリカのイメージが根本から覆(くつがえ)される大都市の街並みです。

東西南北どこを見てもビルがそびえます。アフリカ大陸最大のスケール感が味わえる展望台Top of Africa。が、この場所が本当にアフリカで一番高かったのは1973年までで、もう既にここよりも高い建物があるそうな。が、アフリカのテッペンに相応しい景色が見られるのは間違いありません!この展望台は観光バスを利用すると降車したところから案内人の方が先導してくれるので安心して上ることができます。

世界のビール工場 (SAB World of Beer (

この文字を目にして私が行かないわけがない!!というビール好きのための観光スポット。やって来たのはバス停番号15番のNewtownという場所にある「世界のビール工場」です。ビールは作られる工程から楽しまないといけない!という勝手な自論があるわけで、早速工場に向かおうとすると…あれ?閉まってる。今日は平日だぞ??と思いながらとりあえず隣接(りんせつ)されているレストランに行って聞いてみると

「ビール工場はもうやってないんだ!」

えっ!?ウソでしょ!??だってちゃんとここに…と思ってパンフレットを見たら

なんと15番のバス停の情報からビール工場の文字が消えてました。ネットの方にはまだ更新されずに載(の)っているのですが、このパンフレットは先月9月にリニューアルされた最新版!こちらをチェックしていなかった私のミスでした。ノーー!

まぁここまで来たことだし、ノドも渇いたしということで隣接しているレストランでしっかり南ア産のビールをいただくことに。こちらは現在も営業中です!

ジャカランダ

最後に紹介するのはアフリカ南部で10月頃だけ見られる植物です。この時期になると「ジャカランダ」という木が美しい紫色の花を咲かせます!

ケープタウンやポートエリザベスでも見かけましたが、ヨハネスブルグではジャカランダの並木道があちこちに!バスに乗っているだけでステキな花見気分です。ヨハネスブルグの中でも北側(地図の緑色のルート)の方に行くとよりたくさん見ることができます。

満開は過ぎてましたが十分にジャカランダの幻想的な紫を堪能(たんのう)することができました。そして発展都市のステータスであるスターバックスももちろんあります。これがヨハネスブルグ!

ということでヨハネスブルグの街をバスでグルっと回った本日。観光バスのおかげで安全で効率的に移動ができましたが、正直ずっと緊張しっぱなしでした。それでもおかげで少しはこの街の雰囲気を感じることができたのでよかったなと!

百聞は一見にしかず。ヨハネスブルグをこの目で見て、この足でほんの少しですが歩いたからこそ、この街が危険なだけの街ではないことがよくわかりました。

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