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DAY9.5 チュニジアを旅する⑧地中海を臨むテルマエ「カルタゴ遺跡」〜首都からすぐ行ける日帰り世界遺産観光スポット〜

2019年4月23日、天気晴れ。

そして無事にナブールから首都チュニスに戻ってきました。この瞬間(しゅんかん)の帰ってきた〜という何とも言えない感情。自分にしかわからないと思うのですが、ちょっと書きますね。一週間前は久しぶりのアフリカ、さらには人混みと高いビルという安心できない首都の環境に正直慣れず、終始緊張(きんちょう)していたように思います。初めての鉄道でスースに向けて出発し、ようやく首都を「抜け出した」。こんな気持ちでした。それが今日。一週間ぶりに戻ってくるとそこはまるで別の街!さらには自分にとって懐かしい(なつかしい)街のようにさえ感じられるんです。自身の不思議な感覚の変化が面白く、一人でニヤニヤしてしまいました。

TGMで『ハンニバル駅』へ

しかし!こういう時が一番危険なんです!「慣れ」というのは怖い(こわい)もので、警戒(けいかい)心を緩め(ゆるめ)すぎてしまいます。なのでここで今一度しっかり気を張ります!…それでも「この街のことはもう少しはわかってるよ!」と思える自分が嬉しい(うれしい)んですがね。ダメダメ!油断禁物!そしてこのとき時刻は夕方3時過ぎ。ここから最後のチュニジア観光へ!ぜひ見ておきたい遺跡(いせき)があったので再びシディブサイド方面へと向かう電車に乗りました。

前回は撮りたい(とりたい)と思っても撮れなかったチュニスの電車の車窓からの眺め(ながめ)。大きな湖が目の前に広がります。釣り(つり)をしている人もいてのんびりした時間が流れていました。向かうのはハンニバル駅(Carthage Hannibal)です。チュニスからの運賃は0.7ディナール(約25円)!

⑩地中海を臨むテルマエ カルタゴ遺跡

カルタゴは、現在のチュニジア共和国の首都チュニスに程近い湖であるチュニス湖東岸にあった古代都市国家。地中海貿易で栄え、現在は歴史的な遺跡のある観光地となっているほか、行政上はチュニス県カルタゴ市として首都圏の一部を成す。「カルタゴ」の名は、フェニキア語のカルト・ハダシュト(Kart Hadasht=「新しい町」)に由来するとされる。【Wikipediaより】

チュニスの北東、地中海に面した地域にはかつて「カルタゴ」と呼ばれる古代都市がありました。世界史に少しでもふれたことがある方はカルタゴと聞けばすぐにピンとくるかもしれません。私がここチュニジアに来る前にミラノの空港で一夜を過ごしましたが、大昔の大帝国ローマ(イタリア)とチュニジアは地中海をはさんでほぼとなり同士の国ということで、歴史上でも大きく関わりがありました。そしてポエニ戦争という戦争で滅亡(めつぼう)してしまうカルタゴ。その後はローマによる改革が行われたわけです(ちなみにここでいう大昔とは紀元前、つまり今から2150年前ぐらいのことです)。なので!ここでピンとくる!!先日訪れたエルジェムの円形闘技場(ブログDAY6参照)もローマの影響を受けて造られたわけです。ここカルタゴにも実はあったのですが、今はもう跡形も無くなってしまいました。しかし、ここカルタゴに当時の面影(おもかげ)を残す遺跡が!!

カルタゴ遺跡のテルマエ

それが「テルマエロマエ」で有名な「テルマエ」です。ローマの人々(お金持ちの)が好んだ公共浴場であるテルマエがここカルタゴに造られたのです。そしてこのカルタゴ遺跡は世界遺産となっています!


アントニヌス浴場と呼ばれるこのテルマエ。映画「テルマエロマエ」で宍戸開さんが演じた実在する人物であるアントニヌスさんの指示のもと、ここチュニジアに美しい地中海をながめながら風呂に入ることのできるテルマエが造られたのです。今日は天気も良かったので地中海が本当にきれいで、ここで入るテルマエはそりゃ最高でしょ!と一人思うのでした。遺跡への入場料は1ディナール(約40円)です。

空港へ

ということでこれにてアフリカ54ヶ国完全制覇の旅の記念すべき最初の国「チュニジア」の旅が全て終わりました!カルタゴからタクシーに乗って戻ってきたのはこの旅のはじまりのチュニスカルタゴ国際空港です。チュニジア、人生初のアフリカ北部で過ごした8日間はとっても濃くて刺激的でした!!もうチュニジアロスになっている自分がいますが、今日はこの空港で一泊していよいよ明日はアフリカ2ヵ国目!旅はまだ始まったばかりです!!

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの33歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。