日本国大使館が無い国からの脱出劇 〜パスポート盗難事件後から出国までの流れ〜

日本国大使館の無い国からの脱出劇

自らの愚(おろ)かな行動によりスマホとパスポートを失った昨日。
『絶望』という言葉の意味を知った一日でした。
せめてもの救いは旅の荷物にスペアのスマホを入れていたこと。
心身共にボロボロの状態でしたが、妻や親に連絡が取れたことは大きな安心感につながりました。
が、状況は最悪です。
スマホの代わりはありますが、どうすることもできないのがパスポート。
本来海外でパスポートを紛失した際は在外の日本国大使館が唯一の救いの窓口になります。
しかし、今いるニジェールにはその日本国大使館が無いんです。
・・・どうすればいいんだ!?
異国の地に身分証を持たないアジア人が一人取り残されたとんでもなくマズイこの状態。
失ったものの大きさに気付くとさらにドン底へと突き落とされたような気分になりました。

ホテルに帰ってきてベッドで横になったもののあまり寝られないまま迎えた翌朝。
太い両腕で締(し)められた首の痛みがイヤでも昨日のことを鮮明に思い出させます。

「あの瞬間に戻れるなら・・・」

何度もそう願いました。
ですが、もう前に進むしかありません。
この最悪な状況から抜け出すために動きます。
食欲はそんなにありませんがこんな時だからこそ食べておくことが大切。
コーヒーを飲めば気分も少しラクになります。
お腹に食べられるものだけ詰め込んだところで日本国大使館の無いニジェールからの脱出劇、スタートです。

2023/6/26〈事件発生当日〉

事件後まずはホテルに戻り、そのあとスタッフさんの指示を受けて地元の警察署へ行ってきました。
ただ、待合室には先客が5~6名いて、待っていても時間だけが過ぎていき・・・
一秒でも早く助けてほしくていてもたってもいられない私とは対照的にそんなことはお構いなしでマイペースで仕事をする警察のみなさん。
待つしかないとわかっていても、どうしても焦りと不安でイライラが募(つの)ります。

「どうして助けてくれないんですか!」

憤りと共に強く感じる誰も助けてくれる人がいない圧倒的な孤独。
定時の夕方5時になると営業は終了し、結局この日は話を聞いてもらうことはできず。
お先真っ暗のままホテルへ帰りました。

2023/6/27〈事件翌日〉

警察に行けばパスポートが見つかるかもしれないという淡い希望を抱いていましたがもう吹っ切れるしかないと考え始めた翌日。
パスポート紛失の方向で動くと決めて最初にしたことは日本国大使館への連絡です。

①兼轄する日本国大使館に連絡する

先ほども述べた通り日本国大使館が無いニジェール。
そんなこの国の業務はお隣の在コートジボワール日本国大使館が兼轄(けんかつ)しています。
ホームページには電話番号やメールアドレスが記載されているのでまずはそちらに連絡。
・・・淡々と書いていますがこの時の私はそれはそれは慌てていました。
とにかく電話をかけないといけないということで頭がいっぱいで。
ホテルのスタッフさんに国際電話をかけたい旨を訴え、高いお金を支払ってSIMカードと十分に通話できるだけの通信データを購入。
電話をかけてつながった時は本当にホッとしました。

在コートジボワール日本国大使館の担当の方に事情を伝えたことで話は一気に動き始めます。
ニジェールでのパスポート紛失事案を対応するのは初めてとのことで、手続きについては確認をしてから追って連絡をいただけることになりました。
そして先行きが見えずモヤモヤしていたところにハッキリと示された今後の第一目標。

「ニジェールを出国してコートジボワールに来てもらいます」

真っ暗な檻(おり)の中に一人閉じ込められていたところに差し込んだ一筋の希望の光。
といってもパスポートが無い状態での出入国です。
未だかつて経験したことのない事態に安心は全くできませんが、この電話で落ち込んでいた気持ちが軽くなり、チカラが湧いてきたことを今でも覚えています。

このあとのやり取りはメールやWhatsApp(無料で音声通話ができる海外版のLINE)を通じて行われました。
今回のニアメ滞在の全日程でお世話になることとなったホテルHotel TenereのWi-Fiがそれなりに使えたのは不幸中の幸いです。
まず日本国大使館より受けた指示は以下の3点。

  • ニジェール入国から事件発生までの経緯と盗難被害をメールで報告すること
  • 戸籍謄本(原本)を在コートジボワール日本国大使館まで送付すること
  • 首都ニアメの警察署で盗難証明書(Certificat de volé)を発行してもらうこと

事件についての報告はメールですぐに済ませます。
問題は残りの2つです。

②日本から戸籍謄本を送ってもらう

経験しなければ知ることのなかった世界があります。
海外でパスポートを紛失した場合はパスポートの再発給、もしくは帰国のための渡航書というものを発給してもらわないといけないわけですが、その手続きに必要なのが戸籍謄本。
6ヶ月以内に発行された原本の提出が求められます。
このような状況になって初めて知ったこの事実。
当然アフリカの地で原本を手に入れることは不可能なので、妻に連絡を入れて本籍のある区役所での戸籍謄本の発行と送付をお願いしました。
この日連絡を受けて、翌日には全て完了させてくれた妻に感謝です。


アフリカを旅する際は万が一に備えて戸籍謄本を携帯することをオススメします。
もちろん使わないことが前提の安全祈願のお守り代わりです。
戸籍謄本の取り方はコチラをご参照下さい。


③警察署で盗難証明書(Certificat de volé)を発行してもらう

そしてやはりどうしてもお世話にならないといけない警察署。
盗難証明書を発行してもらうという厄介(やっかい)な手続きがあります。
昨日の対応を思い出すと非常に心配・・・ですが、ここで救世主登場!
ホテルのスタッフさんに警察署で全く相手にしてもらえなかったことを伝えると紹介してくれたのが警察官のカデルさん。
困っているアジア人がいるから助けてあげてくれという依頼を受けて駆けつけてくれたスタッフさんの友人です。

Google Mapsより

正直かなり疑心暗鬼になっていたので最初は彼のことも疑ってかかっていました。
が、警察署に行くと疑惑はすぐに解消。
ボス級の警察官にサクッと話をつけてくれたカデルさんのおかげであっという間に事情聴取をしてもらえることに!
しかも英語を話せる警察官の方が担当してくれるんです。
昨日とは明らかに異なる超VIP待遇。
おかげで1時間ほどで盗難証明書を発行していただけました。
カデルさんに感謝です。
ちなみにこの時も私以外にたくさんの方が順番待ちをしていたのでちょっと申し訳ない気持ちになりましたが、緊急事態なので許して下さい。

警察署で被害届を出したことで盗難事件の捜査もしてくれることになりました。
が、もうわかっています。
スマホやパスポートが見つかることはまずありません。
盗難証明書を受け取ってようやく自分の中でケリがつきました。


盗難証明書は後日、海外旅行保険の保険金の請求にも必要な書類です。


2023/6/28〈事件から2日後〉

ノドの痛みは未だ消えず声はしゃがれたままですが、イロイロ動いたおかげで気持ちはだいぶ落ち着いて迎えた事件発生から2日後の朝。
今日はイスラム教を信仰する人々にとって大切な一日。
「イード・アル=アドハー」や「タバスキ」、日本語では「犠牲祭」と意訳される年に一度のお祭りの日です。
今回このタイミングでニジェールに来たのは犠牲祭の様子が見たかったというのが大きな目的の一つでした。
しかしながらこんな事態になってしまいまして。
気分はお祭りどころではありません。
が、今日はニジェール中がお祝いムード。

「明日ホテルに迎えに来るからいっしょにモスクへ行こう」

カデルさんからの嬉しいお誘いでした。

ものすごい数の人が集まるモスク。
場違いな気もしましたが、カデルさんが是非と言うので私もお祈りに参加させていただきました。
朝9時、イスラム教の教典コーランが流れるとその場にいる全ての人がお祈りを開始。
私も見よう見まねであとに続きます。
今この瞬間、世界中のイスラム教徒が一斉に神への感謝と祈りを捧げている。
そう考えるとなんだかすごいパワーのようなものを感じました。

10分ほどでお祈りが終わると、みなさんそれぞれ家へと帰宅。
各家庭で贄(にえ)として羊が神に捧げられ、その肉をみんなで分け合います。
これが「犠牲祭」という名の由来です。
一番気になるところではありますが、私はここでおいとまさせていただきホテルへ戻ります。

ということでイスラム教の祝日である本日は政府関係機関もお休み。
同じくイスラム教が主流のコートジボワールも同様です。
なのでこの日は動きに大きな進展はありませんでした。

2023/6/29〈事件から3日後〉

④航空券とホテルの予約をする

「コートジボワール側の入国許可が下りそうなのでコートジボワール行きの航空券とホテルを予約して下さい」

翌朝、在コートジボワール日本国大使館の担当の方から電話が入りました。
これでようやくニジェールを出ることができます!
一日でも早く出国したいので航空券は明日の夕方4時発に決定。
ホテルはできれば日本国大使館から近い方が良いとのことで、いくつか候補も教えていただきました。
どれも一泊のお値段がそれなりにするホテルでしたが、ここは出し惜(お)しみするところではありません。
お金で買える時間と安全は手に入れます。
両方の予約を済ませたら確認書類のデータを送信。
よし、これでもう大丈夫!!

と安心していたのですが・・・
この日の夕方、在コートジボワール日本国大使館の担当の方から今度はメールが届きます。

「明日急遽ご対応いただきたい点があり、ご連絡しました」

出国予定まで24時間を切ったところで与えられた最後のミッションに一気に高まる緊張感。
ニジェールを出国するまで油断は一切禁物です。

2023/6/30〈事件から4日後〉

朝10時、本日お世話になるコートジボワール航空から確認の電話が入りました。

「3時間前までには空港に来て下さい」

航空会社側の受け入れ態勢は整っていることがわかりまずは一安心。
しかし、最大の難関があと一つ残っていたんです。

⑤国土監視局で出国許可書を発行してもらう

Google Mapsより

やって来たのは国土監視局(DST)という機関のオフィス。
はい、コートジボワール側の入国許可は下りましたが、ニジェール側の出国許可がまだ出ていません。
なのでこのDSTの航空・国境担当窓口で申請をして出国許可書をもらいます。
・・・いやいや、簡単に言いましたが盗難証明書よりも明らかにハードルが高いです。
一人では厳しいことは明白!
というわけで今回もカデルさんに同行していただきました。

ただ、肌で感じる警察署よりも明らかに厳格な雰囲気。
ここではカデルさんも顔が利かないようで、申請は思うように進みません。
そして明らかに面倒くさそうな態度を示す軍服を着た担当官の方たち。
パスポートの盗難証明書を見せてニジェールを出国したいと伝えても真剣に取り合ってもらえず。
仕方なく在コートジボワール日本国大使館の方と電話をつないで直接事情を説明してもらいますが

「コートジボワール本国からの正式な文面がないと許可は出せない」
「それは上に確認しないとわからない」

という感じで膠着(こうちゃく)状態が続きます。
まぁ国土監視局というくらいですから厳しい対応をされるのは当然のことです。
が、こちらがこんなに焦っているのに事態を深刻に受け止めてくれない担当官。
日本国大使館の職員さんも一生懸命働きかけてくれますが、手続きは一向に進まず。

すると午後1時になったところで突然館内から出るように言われまして。
一体何が始まるんだ!?と思っているとなんとそこからお昼休憩がスタート。

「・・・おーーーーい!!」

パスポートを失くした自分が悪いことは百も承知していますが、さすがにこの塩対応には憤(いきどお)りを隠せませんでした。
飛行機の出発までは残りあと3時間を切り、航空会社との約束の時間も過ぎまして・・・これはもう今日の出国は諦めるしか・・・
と思っていると日本国大使館の担当の方から着信が。

「空港へ向かってしまいましょう!」

国土監視局の局長も動いてくれる気配が無く、出国許可書は発行されそうにないとのこと。
となるとニジェール出国はまた後日になるのかと思いきや、ここでまさかの強行突破作戦に切り替わります。
そんなことして大丈夫なんですか!?
パスポート不所持で出国しようとするなんて捕まる可能性だってある行動です。
一体どうなってしまうんだ・・・
日本国大使館が無い国でパスポートを紛失するということの重大さを痛感しながら、荷物を全て持ってとりあえず空港へ急ぎます。

ここでカデルさんにしっかりお別れを告げたかったのですが行き違いがあり時間も迫っていたので最後の挨拶ができないままサヨナラに。
彼なしではココまで辿り着けませんでした。
どれだけ感謝してもしきれません。
本当にメルシーボークー!!

ホテルの送迎バスに乗って空港に到着したのは出発2時間前。
この場所にまさかこんな形で戻ってくるとは入国直後には考えもしませんでしたね。

そして先ほどからずっと頭の中に

「不法出国」

の4文字がよぎり、不安と恐怖で内心バクバク。
在コートジボワール日本国大使館がバックについてくれてはいますが、ココはまだニジェールなのでこの国の命令に逆らうことはできません。
パスポートを持たず、出国許可書も無い人間を果たして飛行機に乗せてくれるのか!?

夕方6時。
飛行機は予定より1時間半遅れでテイクオフ。
首都ニアメの大地を機内の窓から見下ろしています。
・・・はい、無事に出国できました~!!!!
決してスムーズとは言えませんが、日本国大使館の方が空港職員の方にも連絡を入れておいてくれたおかげでなんとか出国手続きが完了。
しかし、もしかしたらDST職員が完全武装で空港に乗り込んできて

「そこのオマエ!出国許可書を持っていないだろ!!」

なんてことになるかもしれないという心配は捨てきれず、搭乗まではずっとヒヤヒヤ。

「よりによってなんでこんな時に1時間半も遅れるんだよ!」

と時計を見ながら焦る私はまるで逃亡犯でしたね。
そして飛行機が宙に浮いた瞬間に肩の力が一気に抜け、ミッションの成功に歓喜と安堵。
こうしてニジェールの地を脱出さながらに離れたのでした。

ただ、この日はそのあとも飛行機トラブルなど予期せぬことが起こったんです。
夕方にニジェールを出発した飛行機がコートジボワールに着陸したのはまさかの深夜0時!
この近さで7時間もかかりまして。
最後の最後まで気が抜けなかった今回の脱出劇。
が、そんなドキドキの展開はここまででした。
コートジボワールへの入国手続きは5分ほどでスムーズに終了。
受け入れ態勢を整えてくれていた日本国大使館の方に本当に感謝です。

到着ロビーに出ると深夜にも関わらずたくさんの人で賑(にぎ)わうコートジボワールの空港。

「着いた〜!」

日を跨(また)いだので事件発生から5日目。
絶望の淵から這(は)い上がって遂にココまで来ることができました。
日本帰国まではあと少し。
次回、アフリカ54ヶ国制覇の旅-第9章、最終回です!

DAY368.5へ続く

1 個のコメント

  • 私も昔仕事でセネガル、マリ、ギニア等に行っていましたが、今回はご苦労様でした。でも何とか無事に済んで良かったですね、今後もこれに懲りず頑張ってください

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