DAY214 ナミビアを旅する㉒ 青年海外協力隊物語Ⅰ 〜北部の小さな村ブンヤで懐かしい人たちと再会〜

2021612日、天気晴れ。

今から6年前の2015年。私にとっての人生初のアフリカとなるナミビアに青年海外協力隊として派遣されました。今でこそアフリカを当たり前のように旅していますが、当時の私にとっては全てが未知の世界!

バックパッカーの経験も実は全くなかったので、ナミビアに赴任してから初となる一人きりでの国内移動の際には本当に緊張したことを今でも覚えています。


私の任地は①首都ウィントフックから北に700km離れた北部の大都市⑫ルンドゥからさらに西に40kmほど進んだところにある小さな村(⑬)。ここに一人で行く!?もちろん事前にコンビ乗り場を調べたり、先輩隊員の方に注意事項を教えてもらったりしていたので行けなくはないとは思いましたが、楽しみよりも不安の方がはるかに大きかったです。

そして20157月23日。まだ暗い早朝にルンドゥの宿まで迎えにきてもらったタクシーに乗り、任地の村へと向かいました。いったいどんな村なんだろう。少しずつ明るくなり外の様子が見えてくるとそこに広がっていたのはアフリカの大地。首都ウィントフックのあまりの発展具合を知り『アフリカ』に対する印象がだいぶ変わっていた中で、それはまさに私が思い描いていたザ・アフリカの景色でした。

真っ直ぐの道をひたすら進み、20分ほど経過した辺りでタクシーはゆっくりと停車します。

「ここが『ブンヤ』だ。」

2015

えっ?ここ??何もないけど??せめて村の名前を表示する看板があれば安心するのですが。学校らしき建物の前で私を降ろし、タクシーは来た道を戻っていきました。一人ポツンと何もない場所に取り残されたわけです。

2015

この時なんと時刻は朝の6時。さすがに早く着きすぎたぞということで、少しあたりを歩くことに。

2015

するとそこに見えたのは地平線からのぼってきたばかりの赤く丸い太陽。すごい場所に来たぞ!!初めて見るアフリカの日の出。これがこのあと約2年間続く任地ブンヤの村生活の始まりでした。

2015

初めての国内移動を経てようやく任地に到着して安心したのも束の間。いよいよ私が勤務する学校に訪問します。日本でさえ異動先の学校に行くのはそれなりに緊張するわけですから、アフリカの学校なら尚更(なおさら)です!子どもたちはどんな子たちがいるのかな?先生方は日本人が来ることをどう思っているのかな??もう考え出したらキリがない不安の数々。さぁ、勇気を出して私のカウンターパート(協力隊活動のパートナー)に電話をします。

「おはようございます!ブンヤの村に着きました!!」

OK. I’m coming.

2015

そして数分後。遠くから歩いてくる人の姿が。これが私のナミビア生活を支えてくれたゲンダさんとの出会いでした。


4年ぶりに戻ってきたブンヤの村。もう懐かしさに興奮が抑えきれないわけですが、やはり最初に目につくのは変わったこと。ブンヤで一番大きいちょっとした買い物ができるお店がリニューアルして少し立派になっていることも驚きましたが、やはり一番は

学校にゲートができている~!そしてそこにははっきりとBUNYAの文字が!!これがあればもう誰が来たってここがブンヤの村であるということは一目瞭然です。すごく立派な校門になんだか背筋が伸びる思いに!

さらに村のメインストリートにもBUNYAの看板が。ナミビアは各街にウェルカムボードがあることからもわかるように、自分たちの住んでいる場所への誇りが強いのが国の特徴の一つだというのが私の考えです。それは大都市だけでなく小さな村も同じ。この看板があることの意味は非常に大きいものです。

そんな村でやはりまず最初に会いたいのはやはり村生活で一番お世話になったゲンダさん。学校の敷地内にある家に行くとちゃんと車が停まっていました。実は今回ナミビアに来ていることも、ブンヤの村を訪れることも全く伝えていません。完全サプライズです!ということでいざ深呼吸をしてドアをノック。

「ハロー、Mr.ゲンダ!」

すると家の奥から懐かしい声が聞こえてきました。そして出てきたのは変わらない笑顔のゲンダさん。

「ワォ!信じられない!コジマサン!!」

4年ぶりの再会は肘(ひじ)と肘で挨拶をしたあとにいいよね!?ということでしっかりハグ。ソーシャルディスタンスも大事ですが、再会の喜びを分かち合うにはやはりハグが必要でした。

2015

「夢を見ているようだ。本当に嬉しいよ。」と何度も言うゲンダさん。そんなゲンダさんの顔を見て安心した自分がいます。コロナの影響で人との距離が遠くなったなと感じる今日この頃。今まで当たり前のように会っていた人に会えなくなった現在。そこで感じた会いたい人には会いたい時に会うことの大切さ。いつかまた!と思っていたらもう二度と会えなくなってしまうかもしれないという当たり前のことを強く認識するようになりました。

2016 算数授業公開

今回アフリカ27ヶ国目にナミビアを選んだのもまさに会いたい人に会いに来るため。本当はアフリカ54ヶ国制覇の旅のラストを飾る54ヶ国目にナミビアはとっておこうと思っていたのですが、やはりコロナ禍の今一番行きたい国はナミビアでした。

2016 ゲンダさんの地元を流れるザンベジ川

自分が教員を辞めてアフリカを旅していることや、それでも『コジマ先生』としていろいろと挑戦していること。ゲンダさんはつい先日までエチオピアやナイジェリアに出張に行ってたこと。相変わらず精力的に活動をしているようです。

2017 理数科主任のゲンダさんの授業

そして彼の夢である『マンゴーの森』を作る計画。子どもたちが自由にマンゴーを食べることができることを目指してブンヤの村に1000本のマンゴーの木を植えたけれど、全部ダメになってしまったとのことでした。が、まだ全く諦めていないのがゲンダさんのスゴイところです。

2015 ゲンダさんの地元の家

コロナのことや東京オリンピックのこと、村の学校にもWi-Fi環境が入ったことなど、その後も話が尽きることはなく、長居するのも悪いのでそろそろ失礼しようかと思っていると

「コジマサン。村に来たら村の食事を食べていかないと。今作っているところだよ!」

なんと!二人で外でしゃべっている間に家の中でランチを作ってくれていたゲンダさんの奥さんママゲンダ!!突然の訪問なのにご馳走(ごちそう)していただいちゃいました。

このママゲンダが作るパップ(とうもろこし粉を練ったもの)がそれはそれは美味しくて。さらに見た目がすごくキレイなのがママゲンダのパップの特徴です。協力隊時代も何度も食べさせていただいた懐かしい味にもう胸がいっぱいになりました。

2017 最後に撮った記念写真

たくさんおしゃべりをして、美味しいパップもいただき、気付けば2時間半も経過していて。楽しい時間はあっという間に過ぎていくものです。今も変わらずこのブンヤの村の学校で働いている2人の元気な姿を見れて本当に嬉しく感じると共に、今も変わらず挑戦的なゲンダさんの姿勢に刺激をいただき。自分もまだまだやりたいことに全力で取り組もうと背中を押していただいた気分になりました。

本当にこのタイミングでお会いできて良かったです。また必ず戻ってきます!カプリモナシルオコメホ!!(ルクワンガリー語で「また今度会いましょう」)

ということでゲンダさんに別れを告げたあとは懐かしい村を歩こうと思っていたらいきなり

コジマーー!!

お店の方から声がするぞと思ったらそこにいたのはもう顔を見ただけで名前もバッチリ思い出せるこれまた村生活でたくさん声をかけてくれた友人モロスさん。ウォーー!とお互い再会に感動が止まりません。

2016

お店を作るんだと言って小さな小屋づくりを見せてくれたり、通勤途中にメインストリート沿いにある彼の家で朝ご飯の代わりのファットケーキ(ドーナツ)を買って食べたり。懐かしい思い出がよみがえってきます。

そんな彼はなんと稼いだお金で車を購入し、今は村のタクシーとしても働いているようです。4年の月日の流れを感じました。するとそこでさらに遠くから聞こえてきた

コジマーーーー!!

えっ!?今度は誰??と思って近づくとそこにいたのは

教え子!!すっかり身長が伸びて大人っぽくなりましたが、もう顔を見ればすぐにわかりました。いやー、もう感激!!ちなみにこのあとも少し歩けば

コジマーー!!

コジマーー!!!

コジマーー!!!!

懐かしい人たちとの再会の連続です。もうこんなに嬉しいことはありません。教え子との思い出話はまた明日にしたいと思います。

そしてついに帰ってきたブンヤの村で2年間を過ごした我が家。鉄格子がついていたり、洗濯物を干すワイヤーがなくなっていたりと変化はありますが、ほとんど変わらない状態で今もちゃんとそこにありました。鮮明によみがえる協力隊時代。あの2年間があったからこそ今があります。

2016

ナミビア北部の誰も知らない小さな村。ここが私にとってのアナザースカイです。私の人生を大きく変えた場所に戻ってきました。ただいま~~!!

コジマーー!!

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