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DAY87 ソマリランド(ソマリア)を旅する③「ソマリランドの首都ハルゲイサ」-「ソマリア」という国について-

2019年8月8日、天気晴れ。

久しぶりにベッドで眠ることができた昨夜。ここにたどり着くまでの道のりを思い出すたびに、小さな達成感がフツフツとこみ上げてきます。やっとたどり着いた!ここソマリランドは今回のアフリカ旅第2章の中で最も心配した国です。いったいどんな国なんだ?そもそもちゃんと行けるのか??不安をごまかしながら、行くぞ!行くぞ!と自分に言い聞かせてきました。そんな中、自分の意思をかためるために、エチオピアでビザを取得しました(ブログDAY63参照)。ソマリランドへの道に一気に光が射した瞬間です。行ける!行く!!

そして今、ソマリランドにいる!この事実をまだ少し不思議な感覚でとらえています。ソマリランドにいるんだ!と。さぁ、今日はまずこの国の成り立ちについて軽く書いていきたいと思います。「ソマリランド」という言葉を当然のように使っていますが、そんな国初めて聞いた!という方もいるかと思います。そう、ここは国際的には「ソマリア」として認識されている国になるんです。

ソマリア

ソマリア連邦共和国(ソマリアれんぽうきょうわこく)、通称ソマリアは、東アフリカのアフリカの角と呼ばれる地域を領域とする国家。エチオピア、ケニアおよびジブチと国境を接し、インド洋とアデン湾に面する。

1991年勃発の内戦により国土は分断され、事実上の無政府状態が続いていた。のちにエチオピアの軍事支援を受けた暫定政権が発足し、現在では正式な政府が成立したが、依然として一部地域を他の国家であると主張する政府が統治している。現在の国土はソマリア連邦共和国政府が統治する中南部と、91年に独立宣言した旧英領のソマリランド共和国(首都ハルゲイサ、国際的に未承認、東部地域でプントランドと領土紛争)の北部、おもに南部に展開するイスラム急進派アッシャバーブ支配域に大きく3分割されている。

また連邦共和国政府内部も、北東部で1998年7月に自治宣言したプントランド(首都ガローウェ)、中部のガルムドゥグ州、南部の南西ソマリア、最南のジュバランド(軍閥ラスカンボニが母体)といった自治地域を含有しており、統一はされていない。【Wikipediaより】

文字だけだとわかりづらいので白地図を使って説明したいと思います。これがソマリア全体の国土になります。国際的にはこれで一つの国として認識されています。いつものように海を水色で塗りました。ソマリアはアフリカ大陸の東に突き出るその形から「アフリカの角」と呼ばれるわけです。そして、前回訪れたお隣(となり)の国ジブチとその国土の面積を比べるとその大きさがわかっていただけるかと思います。面積は638,000㎢と日本のおよそ2倍!これが「ソマリア」と呼ばれる国の全体像です。

しかし、現在この国の中にはそれぞれが独立した一つの国であると主張する3つの国が存在しているんです。

  1. ソマリアの首都「モガディシュ」を有するために、ココこそがソマリアであるという南部の「ソマリア」
  1. 東部に位置する「プントランド」
  2. 内戦の末に1991年に独立宣言をした北部に位置する「ソマリランド」

非常に複雑な国内事情を抱えているのがソマリアなんです。先日訪れたエリトリアもかつてはエチオピアの国土だったところから独立をしたわけですが、エリトリアは国際的にその独立を認められているわけです。なぜ認められる?なぜ認められない?きっとそこにはいろいろな事情があるのだと思います。そして、このような不安定な国内の情勢が背景となり、日本の外務省はこのソマリアを「退避してください。渡航は止めてください。」という危険レベル4の国として指定しているのだと私は考えます。

左:ソマリア国旗 / 右:プントランド国旗

そして私が今回訪れているのは北部の「ソマリランド」になります。事前の情報でも治安が安定しているという話を聞いていたので、ジブチの隣の国ということもあり、今回の旅の目的地として選ばせてもらいました。何も考えずに来たわけではありません。しっかりと調べての決断です。もう一度言いますが、旅は安全第一ですからね。間違っても無茶はしてはいけません。ただ、それでも不安は不安でした。なので、これまでの旅の途中でも現地の人たちにソマリアについていろいろ聞いてきました。その中でやはりよくわかったのは、南部「ソマリア」と東部「プントランド」は危険だということ。治安は安定しておらず、テロが起こるなど問題がかなりあると複数の方が言っていました。プントランドには海賊(かいぞく)が存在し、貨物輸送船などが襲われるという被害(ひがい)も出ています。これは現在の話であり、非常に大きな問題となっています。これは本当にレベル4です。現地の方が言うのだから間違いないです。

ソマリランド国旗

そんな中、北部に位置するソマリランドは安全だとのことでした。誰に聞いても「セーフ」という言葉が返ってくるので、これは渡航しても大丈夫だろうという最終判断のもと、先日ジブチから国境を越えてソマリランドに入国したわけです。国際的には国として認められていないものの、そこにはたなびく独自の国旗があり、通貨は「ソマリランド・シリング」というこれまた独自の紙幣が流通しているソマリランド【ちなみに、両替レート確認アプリCurrencyには南部ソマリアの「ソマリア・シリング」しか登録されていません。そしてレートが全く違います!これに私は非常に戸惑(とまど)ったのでお知らせします。2019年8月現在「1USドル=約8000ソマリランドシリング」になります。】。大統領がいて、ソマリランドのビザもあるということで、その姿はもう一つの国です【一応書きますが、ソマリア入国にはソマリアのビザが必要になります。が、ソマリアへの入国は本当によく考えてください。私が言うのもなんですが。】。国であって国でない。本当に不思議なことが起きているんだと感じます。

そんなソマリランドの首都「ハルゲイサ 」を昨日と今日をかけて歩いてきました。今日はその町のリアルな様子を書いていきたいと思います。

①ソマリランドの首都 ハルゲイサ

ハルゲイサ(ソマリ語: Hargeysa、英語: Hargeisa、アラビア語: هرجيس‎)は、ソマリアから事実上の分離再独立を遂げたソマリランド共和国の都市で、同国の首都となっている。イギリス領ソマリランド時代からこの地域の中心都市として機能してきた。人口は454,365人(2004年)とされるが、80万人から100万人の人口を有するという説もあり、定かではない。市民の大半はソマリ族のイサック氏族である。【Wikipediaより】

たしかに非常に人が多い印象のハルゲイサ。中心地はとにかくにぎやかで、細い路地にもビッシリとたくさんのお店が並びます。正直にいうと歩くのが怖いなと最初は思っていました。が、実際に歩いてみて怖さを感じることは一切ありませんでした。

とにかく声をかけてくれるハルゲイサの人々。あいさつから始まり、いろいろと質問されることもしばしば。この国は英語が通用する人が多いので、会話が続くことに楽しささえ感じました。アフリカでよくあるのは商売のための客引きの声かけですが、ハルゲイサでは本当にただ単純(たんじゅん)に私に興味があるようで、名前は?どこから来たの?ソマリランドはどう?とバンバン聞かれます。そして皆さん非常に気持ちのいい人ばかりで、最後に私がここに行きたい!とか、これはどこで買える?と質問すると親切に教えてくれるんです。

そしてアジア人をまぁ見かけないソマリランド。2日間歩きましたが、一度も中国などのアジアから来た方を街で見かけることはありませんでした。これは他のアフリカ各国の首都と比べると違和感を感じるところでした。こういう事実からソマリアという国が他のアフリカ諸国とは違う国際状況にあるということを考えさせられます。つまり、アジア人というのはソマリランドの人々にとって本当に珍しい存在なんだなと。質問が多いのもそれが理由かもしれません。

街の中心にはソマリランドが内戦を経て独立したことを主張するモニュメントがあり、これがソマリランドのシンボルになっています。1988年はソマリア内戦が始まった年です。この戦争を忘れない。強いメッセージを感じます。

アフリカ旅第1章で訪れた西アフリカ諸国では、フランス植民地からの独立を勝ち取るまでの人々の苦しみの歴史が強く印象に残りました。一方、今回の旅では東アフリカの角、ソマリアやエリトリアの内戦という国内紛争(ふんそうら)の歴史を知り、それが今なお国際問題として続いているという事実を認識させられました。日本にもその昔は天下を取るための内戦があったわけです。学校の歴史の授業では、戦国武将や幕末志士といった存在に注目がいき、戦いの歴史を「かっこいい」と認識することも少なくないと思います。私自身もそうです。が、そこに血が流れ、苦しい生活を余儀(よぎ)なくされ、死んでいった人々がとんでもない数いることも忘れてはいけないのかなと。ですが、過去があったから今があるのが事実です。過去を否定することはできません。だからこそ、歴史に学ぶ!これが一番大事なんだろうなと思います。

さぁ、気を取り直して街を歩きます。ジブチほどではないものの、やはりそれなりに暑いハルゲイサです。それでも歩くのはいろんな出会いがあるから!いろんなモノを発見したり、ステキな景色を見つける度に写真を撮るわけですが、ここで注意です。ソマリランドは治安が良いと言われているからといって、決して他の国と同じようにパシャパシャと写真を撮っていいというわけではないようです。以前、モーリタニアの首都ヌアクショットで警察関係の方を写真に収めてしまった際に注意を受けた(ブログDAY19参照)ことがありますが、ハルゲイサは警察等関係なく、基本的に写真を撮ることがあまり良しとされていない国です。ちなみに上の写真は車は右ハンドルですが、日本と逆で右を走るということを伝える一枚です。

ハルゲイサでは現地の人と会話していると

「君はジャーナリストか?」

と聞かれることがあります。これは他の国ではまず聞かれない質問です。仕事で来たの?それとも旅行で?と聞かれることはよくありますが、『ジャーナリスト』という言葉が出てくるのはソマリランドが初めてでした。つまり、それだけ自国の情報が外へ出ることに対する意識が高いということが言えるかと思います。写真もその一つのツール。旅行者が写真を撮っているというのは好まれることではないということです。

ということで、迷惑(めいわく)をかけないようまわりに気を配りながら写真を撮らせてもらっています。写真で自分の見たものを切り取るというのが私のアフリカ旅の楽しみの一つなので。そしたら、なんと家の中から声をかけてくる女性が!たわいもない会話から始まり、最後は写真を撮って!とのこと。もちろん断る理由もないので撮ってあげました。恥ずかしさもあるようで、ワーキャー言いながらポーズをキメる様子が面白かったです。

そのあとも通りを歩いているとサッカー少年たちから写真を撮っての声がありパシャリ!としていると、通りがかった車の運転手さんが一言。

「今撮った写真を消すんだ。」

怒った声ではなく、非常に落ち着いた様子で言われました。言われたことには従おうと思い、iphoneを渡して運転手さん自身に消去してもらいました。子どもたちはとても残念そうな顔をしていましたがね。が、iphoneの写真は消去してもゴミ箱の中にデータが残ってるんです。ズルかもしれませんが、こういうズルは許してください!!

そんなこんなで高いところを目指してちょっとした丘を登ってきてたどり着いたところからの風景がこちら!これがハルゲイサの街並みです。キレイな景色を見ていると自分の中のソマリランドという国に対するイメージがどんどん変わっていく感覚を覚えました。これがソマリランド。外からでは見えづらいこの国ですが、中に入ってみるとそのたくさんのヒトモノコトの魅力に気付かされます!そして私に今がしたいことは私が歩いて、見て、感じた「ソマリランド」を文字に起こして伝えること。ソマリランド、とてもステキな国です!

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ABOUTこの記事をかいた人

1986年生まれの32歳。神奈川県横浜市出身。 2009年小学校の先生としての生活がスタート。 2015年から約2年間、青年海外協力隊としてナミビアへ。 2019年3月、先生として成長するために先生を辞める。 2019年4月からアフリカ54ヶ国訪問の旅をスタート。